大判例

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福岡高等裁判所 昭和45年(ネ)618号 判決

原告

西秀孝

外一名

右両名訴訟代理人

高木定義

外一名

被告

福岡県

右代表者知事

亀井光

被告

原野勇高

徳野伊勅

右三名訴訟代理人

堤千秋

外一名

主文

一、原判決中被告福岡県関係部分をつぎのとおり変更する。

被告福岡県は原告らに対して各三〇万円及びこれに対する昭和四四年一〇月一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告らの被告福岡県に対するその余の請求(当審における請求拡張部分をふくむ)を棄却する。

二、原告らのその余の被告らに対する控訴及び当審における請求拡張部分並びに被告福岡県の控訴は何れもこれを棄却する。

三、原告らと被告福岡県の間に生じた訴訟の総費用はこれを一〇分し、その一を被告福岡県の、その余を原告らの負担とし、原告らのその余の被告らに対する控訴によつて生じた訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

原告らは当審において請求を拡張し、「原判決をつぎのとおり変更する。被告らは各自原告西秀孝に対して一、〇六五万〇、五三七円、原告西百合に対して八四五万〇、五三七円並びにこれらに対する昭和三七年一〇月一六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。被告原野勇高、同徳野伊勅は別紙記載の謝罪広告を、福岡県下において発行する朝日、毎日、西日本の各新聞の筑豊版の下段に、巾八せんチメートル三段抜きとし、◎印は四号活字大、謝罪広告の表題及び同被告らの氏名は何れも四号活字、本文及び学校名は何れも五号活字、日付は六号活字により、別紙文案のとおりの謝罪広告をそれぞれ三日間連続して掲載せよ。被告福岡県の控訴を棄却する。訴訟費用は第一、二審を通じ被告らの負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を、被告福岡県は「原判決中福岡県敗訴部分を取消す。原告らの請求を棄却する。原告らの控訴及び当審における請求拡張部分を棄却する。訴訟費用は第一、二審を通じ原告らの負担とする。」との判決を、被告原野勇高、同徳野伊勅は「本件控訴及び当審における請求拡張部分を棄却する。控訴費用は原告らの負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張並びに立証は、原告らにおいて

一、損害額についての主張をつぎのとおり改める。

(一)  亡西光太郎は死亡当時一七才六月の健康な男子で平均余命は五三年であり、少なくとも当時在学していた高校卒業後一年浪人して大学に入学するとしても、その卒業の二三才から六三才まで四〇年間稼働し、年間一〇〇万七、四〇〇円の収入を得たであろうと考えられる。

(昭和四八年賃金センサスの標準労働者の所定内給与額及び年間賞与その他特別給与額による。)同人の生活費は収入の半額とみるのが相当であつて、純益は五〇万三、七〇〇円になるから、右期間の逸失利益の現価をホフマン方式により計算すると一、〇九〇万一、〇七五円となる。

(二)  光太郎の慰謝料額は三〇〇万円を下ることはない。

(三)  原告らは光太郎の両親としてその死亡により右合計額を二分の一(六九五万〇、五三七円)宛相続した。

(四)  原告ら固有の慰謝料額は各一五〇万円を下らない。

(五)  原告秀孝は光必郎の葬儀費用二〇万円を負担した。

(六)  原告らにおいて任意損害賠償に応じないので、本訴の提起追行を弁護士高木定義及び徳本サダ子に委任し、原告秀孝においてすでに合計五三万円の手数料を支払つた外、謝金として原告ら両名の認容額の二割を支払うことを約しているので、被告らに右弁護士費用中二〇〇万円を請求する。

(七)  そこで被告らに対し、原告秀孝において右(三)ないし(六)の合計一、〇六五万〇、五三七円、原告百合において(三)、(四)の合計額八四五万〇、五三七円及びこれらに対する訴状送達の翌日から完済まで年五分の遅延損害金を求めることに拡張する。

二、被告らの消滅時効の抗弁は争う。請求拡張部分の消滅時効の進行も本訴の提起により中断中であつて、右部分のみが独立して消滅時効にかかるものではない。

と陳述し、被告らにおいて、

一、右原告らの損害額の主張は争う。

二、右主張の損害額中左記のものは、原告らがその主張の不法行為の加害者及び損害を知つた日である昭和三七年一〇月一〇日(本訴提起の日)から三年以上経過した後の新たな主張であつて、時効により消滅しているので、これを援用する。

(一)  光太郎の逸失利益中、昭和四四年九月二九日提出の「請求の趣旨並に原因釈明書「によつて拡張した三二一万六、〇〇〇円及び昭和四九年一〇月一五日提出の「控訴の趣旨訂正並びに拡張の申立書」によつて拡張した五六八万五、〇七五円、

(二)  昭和四九年一〇月一五日提出の前記申立書によつて新たに主張した光太郎自身の慰謝料三〇〇万円

と陳述し、

〈証拠略〉

理由

一本訴請求原因に対する当裁判所の判断は、原判決中、被告徳野の本件懲戒行為と亡西光太郎の自殺との間の因果関係の判断につき後記のとおり付加し、右懲戒行為そのものより光太郎の受けた精神的損害に対する慰謝料についての判断(原判決二五枚目表四行目から二六枚目裏二行目までの部分)を後記のとおりあらため、また被告らの新たな消滅時効の主張について後記のとおり判断を加える外は原判決理由説示と同一であるから、右のうち前記判断を改める部分及び結論部分(原判決二八枚目裏一〇行目以下)を除く部分を引用する。

二被告徳野の懲戒行為と光太郎の自殺との因果関係について、

原審鑑定人池田数好の鑑定の結果及び当審証人西園昌久、大賀一男の証言を総合して考察すればつぎのようにいうことができる。

本件のような異常な懲戒を受けた相手方の心理的反応及びこれを心理行動面で処理する方法は、その性格構造の差異によつて千差万別という外はないけれども、光太郎のように高校三年生という思春期といわれる、心理的に最も不安定な特性をもつた時期にある者にあつては、一般的に、心理的反応も著しく強烈で、これが相手方に対する反抗的攻撃的な心理作用に転化し易く、その心理行動面での処理方法として、家出、登校拒否、相手に対する直接的攻撃行動などの何らかの自己破壊的行動となつて現れる可能性は他の年令層の者に比し著しく高いといわれており、自殺も右行動のなかに含まれるものである。

そして仮令経験は浅かつたとしても、特別の教育を受けて常時生徒に接する立場にある教職にある者としては、懲戒の相手が右のような一般的な意味での自己破壊的行為に出る可能性のあることは予測できないものといわなければならない。

しかしながら、自殺というのは自己破壊的行為のうちの隔絶した頂点ともいうべき極めて稀な事例であることは否定できないところであつて、結局かかる事態まで予測することは困難であつたといわざるを得ない。

三本件懲戒自体から光太郎の受けた精神的損害に対する慰謝料について、

感受性豊かな思春期にあつた光太郎が、日頃から必ずしも心服していたわけではない担任教師である被告徳野の本件懲戒によつて受けた屈辱感、劣等感等の精神的苦痛の決して少ないものでなかつたことは容易に推認できるところであり、その他諸般の事情をしんしやくすると右精神的苦痛に対する慰謝料額は六〇万円をもつて相当と認める。

四被告らの消滅時効の主張のうち右慰謝料に関する部分について、

右慰謝料が昭和四九年一〇月一五日原告ら提出にかかる「控訴の趣旨訂正並びに拡張申立書。」によつて始めて請求されたものであつて、その時期がおそくとも原告らにおいて本件不法行為の加害者及び損害を知つたときである本件提起の昭和三七年一〇月一〇日から三年以上を経過した後であることは被告ら主張のとおりである。

しかしながら、およそ損害賠償請求訴訟においては、財産上のものであれ、精神上のものであれ同一原因によつて生じた全損害につき訴訟物は一個であり、また債権の一部請求のうち、そのことが訴状の記載から明らかに認められる、いわゆる明示的一部請求の場合はともかく、そうでない場合には訴訟物となるのは当該債権の全部であるから、訴提起による時効中断の効力は右債権の同一性の範囲内においてその全部に及ぶものと解するのが相当であるところ、本件訴状をみても本件不法行為から生じた損害のうちの一部を請求するもので他は別訴に留保する趣旨の記載は格別見当らないばかりか、光太郎の逸失利益については後に拡張することもあり得ることが付記されているところからみて、本訴を明示的一部請求とすることは到底できない。

したがつて本訴提起による時効中断の効力が本件不法行為から発生した損害全部に及ぶことは明らかであるから、光太郎の慰謝料請求権が時効により消滅した旨の被告らの主張は採用することができない。

五原告らは光太郎の死亡により、その親として三、記載の慰謝料請求権を二分の一宛相続したものである。

よつて被告福岡県は原告らに対し各三〇万円及びこれに対する不法行為の後である昭和四四年一〇月一日から完済まで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

六されば本訴請求は右の限度において認容し、その余は棄却すべきであつて、原告らの控訴は右の限度において理由があるので原判決の右部分を変更し、原告らの控訴中その余及び当審における請求拡張部分並びに被告福岡県の控訴は何れも理由がないのでこれを棄却し、仮執行の宣言は付さないこととし、民事訴訟法第九五条、第九六条、第八九条、第九二条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(佐藤秀 諸江田鶴雄 森林稔)

別紙 謝罪広告〈省略〉

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